吉野正芳の活動報告です
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カテゴリ:まさよしレター( 4 )

3.11 に思う

 3年前の平成23年3月11日、いわき市内の全ての中学校で卒業式が行われた。子どもたちは高校受験も終わり新しい高校生活に夢をふくらませ、お世話になった先生方に感謝の気持ちを伝えようとしていたところに、14時46分大きな地震、30分後には10mを超える大津波、あっという間に家は流された。

 翌12日には、原子力発電所の水素爆発。約1ヵ月程度、何か所もの避難先を転々として故郷に帰りついた。

 

 高校の入学式も大幅に遅れて行われ、高校の新しい制服も被害にあい、中学校の制服で入学式に臨んだ。仮設住宅から通う人。双葉郡の子ども達はサテライト校に通い十分な教育環境が整わない中、高校生活を始めた。

 

 子ども達には多くの困難があった。体育館は使えない。水も出ない。仮設校舎の高校もあった。それらの多くの困難をのりこえ、あわせて全国から多くの支援もいただいた。

 

私は、今年の3月1日に高校の卒業式に出席したが、子ども達の顔は、高校生活を十分に謳歌したように見えた。わが故郷の若者は、どんな困難をも克服する強い心と多くの人のご支援に対しての感謝の心が育ったと思う。この2つの心は人生を歩んでゆくためには一番大事な心だと思う。

 

故郷の復旧はやっと槌音が聞こえるようになったが、復興には、長い時間がかかる。彼らが復興の担い手になることを心から念願する。
   
                      平成26年3月11日 
                      衆議院議員吉野 正芳
                                  


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by yoshinomasayoshi | 2014-03-13 14:55 | まさよしレター
3.11に思うこと 
 平成23年3月11日。この日は私の人生の中で、忘れようとしても決して忘れることの出来ない日です。あれから2年が過ぎました。一向に進まない復興に政治家として責任を感じています。
 いわき市の豊間海岸で、作家の倉本聰さんが、昨年に引き続き「キャンドルナイト」を開催してくださいました。その挨拶の中で「この一年、何も変わっていない。政治家は何をしていたのか」との厳しい言葉がありました。
 昨年の総選挙で自民党は皆様のご支持をいただき政権交代を果たし、安倍政権が発足しました。そして「復興の加速化」が、安倍政権の大きな政策の柱の一つとなりました。
なかでも、各省庁の縦割り行政が復興の大きな障害となっていたので、復興庁に権限を集中させました。特に、福島県には「福島再生総局」を設置し、ワンストップで中央に判断を仰がなくても、福島で判断できる仕組みを作りました。
 東日本大震災から3年目を迎えた今年から、本格的に復興の土音が聞こえて来ます。私達国会議員の仕事は、法律と制度を作ることです。土音が聞こえると言っても、相続をしていない土地には手がつけられませんし、農地も農地転用の許可を受けなければなりません。これらは、全て平時の法律や制度によるものです。
 私達は、非常時、緊急時の被災地に住んでいます。未曾有の被害を受けた私達の地域に、平時の法律や制度を適用するには無理があります。これでは復興の加速化は進みません。
国会議員である私の使命は、非常時、緊急時に使える法律・制度を作ることです。そして、スピードを上げて一日も早い復興を成し遂げて参ります。
 次に原発事故です。今なお避難を余儀なくされている皆様の声を伺うと、本当に大変で心が痛みます。原発政策を推進してきた私としては、本当に申し訳なく、いくら謝ってもこの罪は消えることはありません。
原発事故における私の第一の仕事は、財物の賠償です。今の家の賠償は、減価償却後の家屋の価値しか賠償しません。これでは、いくら自立再建を目指しても新しい家は建ちません。新しい家が建つように全力を尽くします。
 第二の仕事は、廃炉です。あの残酷な姿が福島にある限り福島の再生は成し得ませんし、大きな障害となります。廃炉を国家プロジェクトに位置付け、国の責任として国が前面に立ち、世界の英知を結集して目標を定め、一日でも早く廃炉を成し遂げなければなりません。
 その他にも、こどもの健康問題、故郷への帰還問題、町外コミュニティーの問題等、まだまだ課題は山積しております。
 私は、これからも山積する課題に対して、一つ一つ全力で取組んでいくことを「3.11」のこの日に誓います。
                                                 
                                                  平成25年3月12日
                                                  衆議院議員 吉 野 正 芳
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by yoshinomasayoshi | 2013-03-13 17:28 | まさよしレター
第46回総選挙に向けて
 来る12月4日公示、16日投票となります総選挙は、我が自由民主党が政権奪還を目指し全力投球で取り組む極めて重要な選挙でございます。
 私自身は、今般、比例区での自民党公認を得て総選挙に臨みますが、党本部の決定に従い中国ブロックで比例名簿登載をおこなって戴くことと相成りました。
 この決定の過程で、自民党幹部から示された『吉野まさよしの政治活動は、これまでどおり福島の地で行い、大震災による被災、原子力災害からの復旧・復興のため福島五区を中心に今後とも精力的に活動すべし』との方針に従い、全国から被災地への温かいご支援の一環としての震災復興特別枠と認識し、受諾する決心をいたしました。
 何卒各位におかれましては、事情ご賢察のうえ変わらぬご厚情を賜りますよう伏してお願い申し上げる次第でございます。
 皆様方のさらなるご支援とご理解を衷心よりお願いいたします。
                                             
                                              平成24年12月1日
                                                 吉 野 正 芳
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by yoshinomasayoshi | 2012-12-01 10:00 | まさよしレター
東日本大震災から一年を振り返り
 2011年3月11日午後2時46分、あの瞬間からあっと言う間に時間が過ぎ、一年が過ぎてしまいました。こ

の一年の出来事は、まさに静止画像のように目に焼き付き、昨日のことのように感じます。

 私達の福島は、地震、津波の被害のみならず、原発事故による放射能被害がいつ終わるのか。先を見通せ

ない不安といらだちが続いております。

 私は、被災地の声を届けること、復旧・復興に尽力することが、地元ふたば・いわきから選出されている国会

議員としての使命だとの思いから、昨年は衆議院東日本大震災復興特別委員会、予算委員会等において34

回の質問をさせて頂きました。多くの同僚議員が、私に対して質問の機会を与えて下さったおかげであり、心

から感謝いたします。

 未曾有の大災害は終わっておりません。未だに続いております。そして、日々新たな課題が発生していま

す。

 国が率先して対応していれば。私がもっと声を発していれば。私がもっと多くの声を聞いていれば。早く解決で

きたこともあったはずです。もっと、もっとと気持ちだけが空回りしています。

 私は、これからも被災地の声を国会に届け続けます。そして、一日も早い復旧・復興がなされるよう頑張りま

す。

 原発事故により故郷を追われ、家族が離れ離れになっている現実。いつの日か、家族が一緒に安心して暮ら

せる当たり前の日常生活にするため、これからも全力を尽くします。

                                               平成24年3月12日
                                               衆議院議員 吉 野 正 芳
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by yoshinomasayoshi | 2012-03-14 16:55 | まさよしレター